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ある火山学者のひとりごと


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18147. 2012年03月16日 03時23分03秒  投稿:Hal.T 
 [http://www.madlabo.com/ss/Examin/2010InJapan/_Pendindex.htm#SEC13]
18143 ちばさん>
>そういうことでは いけないということがよくわかる 
>その意味で貴重な資料ではないかという意味です

まっこと、そのとおり。みんなに以下のようなことを言うと、こいつは軍事オタクと白い目で見られるので、あまり言わないんですが、ここには書いてみましょう。およそ4000年前から社会は防衛と防災に農業開発が基本でした。四川の成都近傍にある都江堰は2000年前の構築で今も防災と農業に役だっています。防衛も同じように連綿と続いていますけどね。

防衛も防災も、観測→通信→分析→判断→対応といった手順です。軍隊はすべてを自前で持たなくてはそこが弱い環となって機能を失います。もともとインターネットの基本構想が核戦争に備えて作られた有線型のアドホックネットと言ってもいいですしね。

ところが日本の防災にこれを当てはめてみると、通信はすべてと言っていいほど公衆通信頼みで、東電のことを笑えず、もっとひどい・・と言うよりも防災通信のことを真面目に考えているものは皆無だと言えます。

阪神大震災のころに無線LANなどでつなげばとの発想から、携帯や近距離LANで観測を維持することがはやりました。阪神大震災は小さな領域の大きな災害でした。これだったらOKです、5-10kmをカバーする携帯電話網でカバーできます。中越地震になるとギリギリの距離でしたが、それでも基地局を持ちこんで何とかカバーできました。もっとも事後対応だけでしたけどね。

2011/03/11の大規模災害では地震と津波のダブルパンチでしたが、日本の大規模災害はダブルパンチが多いのも特徴です。台風+高潮とか、地震と津波、火山噴火と泥流や交通や電力の障害。大きめの火山噴火が起きたら高圧線の障害が起きて送電も止まり、すべてのインフラが途絶します。

めったに起こらないが、必ず起こる大規模災害のときに必要な通信とはどのようなものか? と考えたあげく、やはり内蔵電池だけで1年以上動作するもの。距離はダブルパンチの領域を越える距離が必要で、最低でも10kmオーダ。これが今やっている低速長距離通信なんだ。(もちろん自己表明と宣伝)。実験的には三宅島から伊豆半島(93km)や富士山(150km)までの実験評価からは、東北の釜石から遠野の境にある仙人峠までの16kmぐらいなら軽く通信できます。

以前、私の防災関係の師匠とも言うべき、群馬大学の教授、小葉竹さんと話をしている時に、私がふと質問。「小葉竹さん、この教室でやっている方向性ってどう思うの?」。彼いわく、工学特に防災工学は役に立たなくちゃちっとも価値が無いと言いました。この小葉竹先生が主になって群馬大学の工学部で社環と言われるグループを構成し片田先生たちと研究と実践をすすめてきたわけです。

みなさんに質問したのは、まずは最初の被害者を減らすこと。そのために、たとえば津波観測→警報を実測を元に出したい。釜石で言えばXX半島の先端で8mと実測警報、埠頭には推定10mと予測警報したい。そのために、現状の公衆通信網を補強するだけで使おうとしている防災関係者に理由と限界を共有したいと思うからなんです。

18146. 2012年03月14日 22時42分01秒  投稿:まりも 
先ほどの三陸沖(十勝沖)の地震、海洋プレート内の地震でしたね。
防災科学技術研究所のページを随時更新していて、マグニチュードの速報値がM7.6あたりになったとき、
まじでまずいことになったと思いましたよ。高度利用者向け緊急地震速報も最初からM7.0でしたし、
間違いなくある程度の津波が来ると思いました。
結果的にマグニチュードがある程度小さくて良かったですね。

しかし、スマトラと比較して考えると、余震活動はこんなもので済むはずがないとずっと思っている
んですが・・・、思っていた以上に低調ですよね。

それに越したことはないのですが、何か嫌な胸騒ぎがしてならない今日この頃です。

18145. 2012年03月14日 21時30分53秒  投稿:ちば 
先ほどの地震は 結構揺れが大きかったです
緊急地震速報も来ましたが
揺れはじめよりもわずか1秒ほど速いだけでした

いまも小刻みに 余震が繰り返し起こっているようです



地震予知とかいう話でなくとも
起こるたびに震源が自分の住んでいることろに
だんだん近づいて来ているのは、なんとも
嫌な感じがしますね

18144. 2012年03月14日 21時19分32秒  投稿:かわべ 
被害のほとんど無かった山形県天童市ですが,auとFORMAからは,2日間(12日の21時過ぎ)まで,携帯は,一切使えませんでした(i-modeはメールのみOK).テレビで繰り返し伝えていた災害伝言板やキャリアの災害伝言板もアクセスできませんでした.
11日の深夜に一度だけ災害伝言板(音声伝言板)にアクセスできたことがありましたが,被災地ではない,ということで,リジェクトでした.

生きていたのはメタルだけ(私の地域は,ADSLが来なかったために,ほとんどの家は,有線放送もしくはNTTのひかりです).
妻が午前中に千葉に出かけたので,帰宅困難者になっているはずでした.長野と大阪の友人に公衆電話から連絡し,携帯を教えて連絡を取ってもらおうと思いましたが,それらからも,千葉にいるはずの携帯には繋がらず,結局災害伝言板の書き込みで無事を確認(妻の携帯から千葉に住んでいる上の娘の名前で書き込みがあり,千葉に妻と娘で一緒にいることを確認)できたとの情報をもらいました.小雪がちらつく中,100円玉を握りしめて何回か公衆電話に並んでようやく安否が確認できた次第です.

18143. 2012年03月14日 17時13分47秒  投稿:ちば 
 [http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/accidents/2532043/3463602]
Hal.Tさん>

わたしも同感です

いろんな電子機器に依存していて 
また、異空間での絵空事を見ることに慣れ

いま、自分のいるこの場所でという時に、現実として受け止める力が乏しかった

窓の外を、音や空気を感じていないのが 
よくなかった
そういうことでは いけないということがよくわかる 
その意味で貴重な資料ではないかという意味です 

ずいぶん前に 道路が水没しているのに
カーナビの指示通りに突っ込んでいって
立ち往生した老人
というニュースがありましたが
ポーランドでしたね 


18142. 2012年03月14日 16時44分45秒  投稿:Hal.T 
 [http://www.madlabo.com/mad/research/20110311touhoku/communication/index.htm]
水をかけるようですみませんけど、避難についてその方策はお勧めではないんだ。

自動車の渋滞もさることながら、通信の渋滞や途絶があり、皆さんが使っている便利そうな公共通信に頼るのは非常に危険だってことが今回の災害の教訓だと思うのです。

18141. 2012年03月14日 13時54分43秒  投稿:ちば 
自動車のカーナビの中には
通信機能を搭載しているものがあって
ユーザーの位置をGPSでリアルタイムに把握し
渋滞状況を把握しているものがあります

そのデータを使えば、高台避難に際して
渋滞が発生した様子とか
通信が途絶したタイミングとか
わかると思います

防災にとって非常に重要な情報となると思うのですが

18140. 2012年03月09日 15時19分05秒  投稿:TAKO@塩竈 
>18137.Hal.Tさま

宮城県塩竈市での状況
・携帯  きちんとした記憶がありません。幸い家族が共に行動できていましたので利用を控えました。
ちなみに、固定電話ですが避難先の利府町内で地震後(16時頃だったか)に「災害用伝言ダイヤル(171)」に繋がり、安否情報を登録しましたが、そのあとその電話も利用できなくなりました。

・インターネット(PC固定回線) 停電のため光回線は電力復旧まで利用不可。

・防災無線(塩竈市本町) 地震の揺れ終了後5分程度(つまりは15時くらい)からスピーカーから流していたと思います。なり始め時間はもう少し後だったかもしれません。体感的にはそのくらいだったと思います。
 内容は、サイレン、大津波警報(宮城県で6mの予想、高台への避難よびかけ)。わたしは防災無線がなり始めた直後に、車で高齢者たちと利府町方面に逃げてしまったので、いつまで鳴っていたのかは不明。 

・避難の決意のタイミングと理由
地震の揺れ終了後即座に、避難を決め、避難呼びかけを始めました。
理由は、50年前のチリ地震津波の被害を知っていたからです。(2010年2月のチリ地震津波などでも、自宅は避難指示区域となっており、その際にも避難していました。)

18139. 2012年03月09日 10時30分53秒  投稿:Hal.T 
 [http://www.madlabo.com/mad/research/20110311touhoku/communication/index.htm]
まりもさんありがとう、ところで、私がちまちま集めた範囲の情報は↑のURLにあります、まだこの程度なんです。

18138. 2012年03月09日 09時59分41秒  投稿:まりも 
> Hal.Tさん
仙台ではDoCoMo、au、SBMともに地震最中からほぼ通じない状態でした。
Willcom同士だけが唯一いつでもすんなり通じておりました。

音声の発信規制はDoCoMoが最大で90%、auが95%、SBMが80%でした。
また、Willcomは対携帯各社への発信規制のみ18時ころまで50%程度掛かっており、
宮城県においてのみですがDoCoMoだけがパケット通信規制が30%掛かっておりました。

宮城県内での話ですが、DoCoMoでは14:46の発震後、14:48にはシステム許容上限値を超えた
通信状態となり、以後15:11までは呼損率が大幅に上昇していきました。
そこで15:11に音声およびパケットの規制が開始されたのです。

18137. 2012年03月09日 05時27分24秒  投稿:Hal.T 
あいかわらず3/11の時に起きた通信障害を1時間後ぐらいまでの時系列について調べているが、さっぱり通信業者は公開しない。守秘契約をすれば情報を所持しているので、見せてくれることはわかっている。でも、守秘して見せてもらっても役立たない。

災害は事後の対策も必要だが、最初に被害者、それも死傷者を減らすことが必要だ。死者が少なければ何とか立ち直れる。各種の観測と通信の対策が事後対策に偏っているのも、最初の津波観測と通信の失敗をきっちりと評価していないからだと思う。

そこで、皆さんに聞きたいのです。着目時間は地震直後から1時間、それ以後はわかっています
・インターネット、メイル、携帯電話Docomo,AU他は使えたのか?
・地域防災無線やスピーカーはいつまで、どのような情報を流していたのか?
・津波から避難する決意をいつどんな理由でしたのか?

ここに書いてもらっても、個人あてでも結構です。(内容は統計にして砂防学会で公開します)

18136. 2012年03月07日 17時25分10秒  投稿:TAKO@塩竈 
 [https://picasaweb.google.com/106277863983170684064/UTVrt#5649999368864583346]
前にも書きましたが、3.11が近づいてきたので・・・・投稿したくなりました。
塩竈では、50年前にチリ地震津波の被害を受け、現在は海岸から数百メートルとなっている、わたしの住んでいる町内でも、港から船が流されてきたりしました。多くの家が浸水被害を受けました。
現在では、町内には、しっかりとした防災無線のスピーカーもあり、3.11でもしっかりと機能しました。

しかし、小学生が4年生くらいで地域のことを学ぶための教材(地元の教育委員会が作ります)の防災の項目には、すでに津波に関する記述がなくなっていました。
大雨による浸水被害についての記述と置き換えられてしまっていたのでした。
大雨も津波も、その防災対策を知っておくことは有用ですが、結果として小学校で津波について学ぶ機会がなくなっていたのが現状でした。
塩竈は、逃げるための丘、そこに登る道がたくさんありますので、避難行動さえすれば、人的被害は大きく軽減されると思いますが、「教育」がなければ犠牲は免れないことを、心に刻み込んでほしいと今も願います。

ちなみに、貞観津波のことを事前に知っていた知人は一人だけでした。

東日本大震災の地震直後、わたしは人々に直ぐに津波が来るから逃げるよう指示をすることになりましたが、大人の人たちも、なかなか津波の危機を感じてはくれませんでした。
地震の揺れによる恐怖と、それが収まったことからくる安堵のなか、次にくる災害をイメージして、行動に移るのは、意外と難しいようでした。
ご高齢の方々などを、車に乗せて、内陸の利府町方面へ逃げていただきましたが、そのうち一台は、わたしの指示を理解していただけずに、港の方面に走りだしてしまい、とてもあわてました(結果的に、その車も津波からは逃げられたのですが。。)。

多くの人々は、防災無線から大津波警報のアナウンスが鳴り響いて、はじめて避難するかしないか(!)考え始める感じでした。わたしの家のあたりでは、浸水高が地面から数十センチ(塩竈港での浸水高さは標準海水面から約4mくらい)でしたが、ほとんどの人は自分のいる建物の二階に逃げただけだった、というのが実情だったようです。多くの人が自宅の二階などから車が目の前を流されるのを見ることとなったわけです。
幸い、塩竈では家屋流出が少なかったので、津波による犠牲者は、石巻などと比べて少数だったといえるわけですが、紙一重であったと思い返します。

今、塩竈では、老朽化していて震災にあった多くの建物が、危険建築物として取り壊しが進んでいます。うちの隣でも6〜7件の家が取り壊され、空き地が広がっています。津波で流されたのではなく、地震の揺れと液状化による地盤の変形と津波の水による被害で傷んだ建物が、今になって取り壊されて、結果として空き地だらけの町になっています。その跡地に新しい建物はほとんどできず・・・。そんな感じです。


18135. 2012年03月07日 14時02分16秒  投稿:おおさと 
 [http://dl.ndl.go.jp/]
 国会図書館デジタル化資料に3月12日から3月17日までの石巻日日新聞の号外(壁新聞)がアップされています。⇒アクセス数ランキング参照↑
 
 こういった記録の保存も過去の事実の共有につながるのでしょうね。

 最近、下記のような古い文献のデータベースが多くできている。
 災害に関しても多くの記述があり、最近、示方書等の由来を探るためによく見ているのだが、過去に苦労した記憶の何を学んだんだろうと思うことがたまにある。
 せっかく記録や反省点、そして対応に関する根拠と対策方法までがちゃんと書かれているのに、今回の地震を含めて同じようなことが繰り返されている。
 特に昭和20年以降そのことに気が付かれていないと思うのは、思いすぎなのだろうか?
 
・情報入手のためのリンク
                                          
※木名著百書(明治から1945 年まで)文献解題:
 http://library.jsce.or.jp/Image_DB/s_book/jsce100/s100list.html


※土木学会デジタルアーカイブ
 http://www.jsce.or.jp/library/page/report.shtmll

 
※アジア歴史資料センター:
 http://www.jacar.go.jp/ 
 

※近代デジタルライブラリー:
  http://kindai.ndl.go.jp/index.html 


※国会図書館
  http://www.ndl.go.jp/ 

※日本建築学会図書館デジタルアーカイブス:
  http://news-sv.aij.or.jp/da1/

※国文学研究資料館
  http://www.nijl.ac.jp/


18134. 2012年03月07日 02時15分37秒  投稿:Hal.T 
3・11の地震を群馬県で体験したんですが、その時の、私と友達の子細経過。
2011年03月11日(金) 14時48分29秒 地震感じる
東北沖と知り、死者4万人に近くなるだろうと話をしていた記憶がある。

2011年03月11日(金) 15時26分51秒 釜石、全滅に近い津波だ
2011年03月11日(金) 15時31分54秒 サーバ復旧(前橋と千葉)
東北では岩手県立大学以外のすべての大学と研究機関へのインターネット接続がNG

2011年03月11日(金) 16時12分59秒 電話は不通になっている。東京では火災(我孫子)
2011年03月11日(金) 19時18分12秒 福島第一原発 緊急事態宣言
2011年03月11日(金) 22時00分13秒 東北の火山観測は停止状態(気象庁)

18133. 2012年03月07日 02時04分06秒  投稿:ちば 
 [http://www.fukkan.com/fk/CartSearchDetail?i_no=68320135]
まりもさん>
 東部道路がなかったら、来ていたかもでしたね

 『仙台平野の歴史津波―巨大津波が仙台平野を襲う』という本が
1995年に絶版になっていましたが、最近再版されて、
仙台の金港堂で買いました。

このようなすばらしい本があったのに
生かせなかったのが、残念です。

18132. 2012年03月06日 23時28分10秒  投稿:まりも 
実際に仙台周辺では、国道4号バイパスを超えたところにまで過去に津波が到達していたという
事実を知らない人がほとんどでした。今だに知らない人のほうが大多数です。
それを知っていれば、少なくとも国道4号バイパスより西側まで逃げようとしたのでしょうが…。
自分は国道4号バイパスよりも西側の苦竹駅近辺にいましたが、そこでも梅田川などを津波が
遡上してくるととっさに判断し、揺れが収まる前から車で長町周辺の比較的標高の高い場所まで
避難しました。

揺れの長さから尋常じゃない規模の地震と判断しました。揺れが収まる前に、直感でM8越えを
確信しておりましたし、緊急地震速報の震源情報から仙台湾周辺でも高さ10m程度の津波が発生
するものと考えました。ただ、この付近は遠浅なので、津波の到達までは恐らく1時間程度の
猶予があるという判断もできておりました。この辺は我ながらとても冷静に考えられたと思います。

とにかく、揺れが収まってから動いたのでは渋滞に巻き込まれると思ったので、渋滞が発生する
前に脱出を試みて、普段とほぼ変わらない時間で20分後には目的地に着いていましたから…。

結果的には津波が国道4号バイパスを超えて来るようなことはありませんでしたが、波の回析により
仙台周辺の津波がより高くなっていたとすれば、国道4号バイパスを超えてもおかしくない状況だった
と考えています。

とにかく、過去の事実を皆で共有し受け入れることが大切なんだと思います。

18131. 2012年03月06日 23時08分05秒  投稿:ちば 
 [http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1072/20110604_01.htm]
なべさん>
 たぶん、地震が大きかったので、
実際に多くの人が高台に逃げたんだと思います
どれくらいの標高をもって高台だと思うのかが、
違っていたのかもしれません
石巻の日和山のような都合の良い高台はそんなにありません

石巻の北上総合支所は、宮城沖地震の想定津波到達高度より、50p高いという
位置を選んで作られた新しくできた施設で、
ちゃんと津波の避難所にも指定されていたわけです。
そこに避難した人たち
防災計画通り 避難訓練通りに 行動したひとが津波にのまれ、
生存者わずかに3名だったわけで、
バリアフリー重視、高台軽視という感じかと

18130. 2012年03月06日 20時54分32秒  投稿:なべ 
ちばさんもそうだと思うけど、

私は小〜高校を仙台で過ごしたので、「海辺で地震にあったらとにかく高台へ逃げろ」と何度も何度も言われた覚えがあります。だからあの日も、一周年特番の続く昨今も、逃げない人がいた、少し逃げて安心した人がいたことが納得できません。いつの間にそんなことになったのかなあ?それが近年の津波警報の空振りの所為なのか、それとも「そんな時代じゃない」と津波を軽視する時代状況だったのか、近年の学校の避難訓練(いや家庭の意識なのか?)がどうだったのか。陸前高田の奇跡と、大川小学校の悲劇と。たまたま私の父親が東北電力で災害対策に関わっていたからなのかなあ?

18129. 2012年03月06日 13時57分12秒  投稿:Hal.T 
実はね、私が電子技術や防災以外の動物や生態学に関心を持ち始めたのは、ちばさんの赤色立体地図からなんだ。あれがどうして立体に見えるのか?、非常に不思議で、おそらく人が進化していく道筋の中に原因があると思ってね。

中生代まで、哺乳類は日蔭者と言うか夜にガサゴソ。新生代になってからも霊長類はやはり森の中で生きていた。哺乳類はだいたいが色感覚が貧弱で昆虫と花のように色彩をベースにしている感じは無い。したがって森の中で夜間や薄暗い所で立体視する必要性があれば、どうしても赤色側に偏った立体視をするのだろうと思っている。

ま、そのあげくのはてに人の進化ってのを読んでいるとね、人はやはり動物なんだ。しかし、動物とは言ってもかなり変種で、生まれてから後の情報で生きている部分も多い。それが、このはなしのきっかけなんだ。

また、別の側面では生態学と生物進化と地質の関係がものすごく密接だってこともおもしろい。ひいては砂防や防災と生態学と進化の話はべったりひっついていると思うのさ・・・・世界はおもしろいよ。

18128. 2012年03月06日 10時50分08秒  投稿:ちば 
1>体で覚えていること
地質調査で沢詰めをして尾根まで出ると
たいてい道はない あの手この手で戻るわけだが
沢を降りるのは危険性が高いので
尾根をたどる 時に藪に遭遇する
そこは 入ってはいけないので
ほかのルートを考える 臨機応変に
どうやって明るいうちに無事に帰るか
場合によっては 滝を飛び下りて戻ったこともある
そういう経験が、学生時代からたくさんあるわけだが
いろいろなところで役に立っていると思う

2>知見とは何か
何かが来るとか起こるとかいう外部の予知情報に頼るのは
あれなので あくまでも 自分の知識で判断するということか
大切なのは その地点の地図を読むこと
 地形から判断するのではないか
どっちが高いか どっちにいくか
渋滞しそうだとか 
その瞬間にどこにいるかはわからないわけだし

以下はありません。
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