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浅間山2009年2月2日噴火噴出物の調査報告(2009年2月6日投稿、2月13日改定)

長井雅史(日本大学文理学部地球システム科学科)

浅間山で2009年2月2日1時51分頃に発生した噴火の際に降下堆積した火砕物の堆積産状や,その分布の特徴について調査した.今回の調査は2月3日午後から2月4日夕方にかけて行い,火口から約6〜30kmの範囲を対象とした.降灰量の多い場所や条件のよい場所については,一定面積あたりに降下した堆積物を採取し,単位面積あたりの降灰量を求めた.

調査時には噴火から35時間以上経過していたため,堆積物がよく保存されている地点は多くなかった.降灰軸付近では屋根に残っていることが多かったため,軸のおおよその位置を推定することは容易であった(写真1).堆積物は灰白色(乾燥時)の火山灰で,火口からおよそ15〜20km以内では火山礫(長径2mm以上)が含まれている(写真2).火山礫は主に新鮮な黒灰色・灰色の多面体状・剥片状(写真3)であり,そのほかに赤色の礫や,変質した礫も少量含まれる.分布限界付近を除くほとんどの地点で凝集火山灰粒子も含まれており (写真4),降下時には湿っていたことを示す.


写真1 屋根に積もった火山灰(下仁田町 道の駅)

下仁田付近では路上にはほとんど残存していないが,屋根には明瞭に残っているところが多い.
(写真はクリックで拡大)

写真2 千ヶ滝西区内の残雪に積もった火山灰

.白く見える雪も微量の細粒火山灰によってわずかに着色している.黒い斑点には単一の火山礫粒子の場合と,凝集粒子の場合とがある.残雪は融解しつつあるため,凝集粒子が初生的なものであるかどうかは注意が必要.

写真3 千ヶ滝西区に降下した火山礫

図2の矢印(15mm)の地点で採集.

 

写真4 倒れた工事用看板に積もった火山灰(左).

ルーズな粒子を取り除くと,凝集火山灰粒子が張り付いて固結していることがわかる(右).(富岡市南蛇井)

調査の結果,降灰した範囲は山頂の火口から南東方向に伸びている(図1).ただし山麓からの目視で判断する限り,降灰域は中腹付近で東よりに屈曲しているらしい(写真5).分布の南西限は,中軽井沢付近から碓氷軽井沢IC付近,下仁田町市街西縁付近を通過する.北東限ははっきりと求められていないが旧中山道峠付近から,横川付近,富岡市街付近に達しているようである.降灰軸は分布域のやや西寄りに位置する.山麓からの目視で判断する限り,降灰軸は中腹付近で東よりに屈曲しているらしい.調査地域内では千ヶ滝西区から離山西端をかすめ,軽井沢のアウトレットモール南方,入山峠北方かまど岩付近,谷急山,妙義山南方を通過し,下仁田IC付近に達する.なお,このまま降灰軸を延長すると南関東で報告された降灰域から北に外れてしまう.降灰軸に沿った幅2−3km程度の狭い帯状の地域で降灰量が多いため,等重量線は細長く引き伸ばされた形をしている.小規模な噴煙が強風にさらされたときに期待される分布をしている.分布軸上での堆積量は比較的火口近傍では火口から6.1kmで0.26 kg/m2,8.7kmで0.07-0.15kg/m2と距離に応じて減少するが, 32km先においても0.07-0.09 kg/m2であり,遠方では火口からの距離に応じた降灰量の減少はあまり明瞭でない. 

堆積物の最大粒径は火口からの距離に応じて明瞭に減少するが,降灰軸から外れると急激に細粒になる(図2).遠方の下仁田付近では粒径の軸は降灰軸よりもやや西寄りにあるようにみえる.現状では有意に異なっているといいがたいが,粒径分布と降灰量の軸のずれはしばしば生じており(たとえば,浅間山の2004年9月23日噴火や11月14日の噴火),今回の噴煙でも複雑な風系の影響を受けていると見られる.より遠方の秩父地方や南関東での堆積産状や降灰量との関係を明らかにする必要がある.


写真5 火口から南東9.5kmの軽井沢町役場付近からみた浅間山

灰色の噴出物が雪をおおっている.分布域(分布軸)は左(南)側に伸びているように見えるが,
実際には途中で屈曲しており,分布軸は撮影地点の右(東)側を通過している.


秩父盆地・神流川地域の調査(調査者:長井雅史・三浦 真;2009年2月9〜10日調査)


2月2日噴火から一週間が経過したが,この間に目立った降雨がなかったため秩父周辺には大量の火山灰が残存していた(写真6〜8).火山灰がごく微量の降下したのみ思われる地点においても,堆積時の特徴がよく保存されている場所も存在していた (写真9).そこで比較的保存状況の良い地点で堆積物を採集し,2月3〜4日の試料で作成した図1および図2を改定した.

降灰軸は下仁田付近からやや南寄りに向きを変えて秩父市に達し,そのまま多摩方面に向けて伸びている.火口から約70kmはなれた秩父市において降灰した地帯の幅は15〜40km程度の幅に広がっているが,大部分は西寄りに位置する降灰軸沿いの幅5kmほどの帯に集中したままである.このため下仁田付近で認められた粒径軸よりも東側に降灰軸が存在するかどうかは神流川〜秩父地域においては不明瞭である.噴煙は秩父盆地の南東方で関東平野に出るあたりから本格的に横に拡散しはじめ,南関東一帯に広く火山灰を降らせたらしい.

図1の範囲の等重量線図に基づきFierstein and Nathenson(1992)の方法で推定した全堆積量は約1.1万tであった.この推定の場合,堆積みかけ密度をごく一般的な1000〜1500kg/m3程度と仮定すると火口近傍ではわずか1mm以下の層厚しか実現しない.遠望観測からみて山頂部ではより厚く堆積しているのは明らかであるので,この推定は最小見積もりに近いと思われる.火口近傍での層厚(堆積量)の側方変化はきわめて大きいため,正確な噴出量の推定には火口近傍での調査が不可欠であろう.


写真6 秩父市内での降灰調査

石材(60cm×60cm)に積もった火山灰を採集.

写真7 秩父市(旧吉田町)清泉寺付近の堆積状況(三浦 真撮影)

目立った降雨はなかったが,写真のように傾斜した堆積面では夜露によって火山灰の一部が流出したと思われる.

写真8 秩父市(旧吉田町)清泉寺付近の堆積状況(三浦 真撮影)

廃車の屋根に積もった火山灰.ほぼ写真7と同じ地点であるが凝集粒子がよく保存されている.

写真9 南西側分布限界に近い神流町万場宿の神流川護岸の庭石(三浦 真撮影)

白い斑点状の凝集粒子が降下・付着している.

図1 2009年2月2日噴火の降下テフラの等重量線図(2009/2/13暫定版)

単位面積当たりの堆積重量で表している.神流町から秩父市にかけての測定点は2月9〜10日に採集した試料による.高崎付近の測定点は岸耕太郎氏の2月3日採集試料による.秩父市付近の分布限界は本庄高校の中村正芳氏,岩田芳夫氏の降灰調査記録を参考にした.


図2 2009年2月2日噴火の降下テフラにおける等粒径線図(2009/2/13暫定版)

各地点で1m2以上の範囲における最大サイズの粒子3個の長径を平均して求めた.

謝辞

杉中佑輔氏,前田美紀氏には試料の重量測定をお手伝いいただきました.アジア航測の千葉達朗氏のコメントによって本報告は改善されました.記して御礼申し上げます.

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2009年2月7日更新

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