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浅間山2009年2月2日噴火の火山灰粒子 − 遠方と山腹の試料の比較 −(2009年2月19日)

安井真也 (日本大学文理学部地球システム科学科 火山・岩石学研究室)

写真1は浅間山の2月2日の噴火で関東平野に降った火山灰で(火口の南東126kmの多摩丘陵,図1のA地点),白っぽいのが印象的でした.一方,火口の南東5.9km(B地点)の浅間山の山腹で2日午前中に採取された火山灰(浅間山麓在住の卒業生 平川貴司氏提供)は,黒っぽい溶岩片が灰色の粉にまぶされたような状態です(写真2).ここでは2地点の粒度分析結果と構成粒子の観察結果を比較します.


 

写真1 A地点での降灰状況
(クリックで拡大)

 

写真2 B地点で採取された火山灰試料



図1 A,B地点の位置と2月2日の降下火山灰の分布

宮地・長井(2009)報告の図1の一部)



A地点ではすでに報告したように火山灰トラップを設置して火山灰試料を採取しました.B地点の試料を水洗しながら篩いに通したのが下の写真3です.1/16mmの篩いを通った粒子は,すべて大きめの蒸発皿に受けて完全に乾燥させました.1/16mmより粗い粒子(写真3の中央左6枚の小型の蒸発皿内)は皆黒々としていますが,それより細かい粒子(画面の右下の大型の蒸発皿)は白っぽいです.写真4は2mmより粗い粒子を接写したもので,大半が新鮮な暗灰色の溶岩片で,赤色酸化した粒子を少し含みます.磨耗したような輪郭の粒子が多いのが特徴的です(写真5).

 

写真3 篩いを通したB地点の試料

 

写真4 B地点試料の2mmより粗い粒子



  

写真5 B地点試料の薄片の全体写真

左:4mm以上の粒子,右:2〜4mmの粒子(スケール目盛りは1mm)



2地点の粒度分布を示したのが図2です.横軸は粒径(ファイスケール(n=1/2^Φ, n=粒径(mm))です.棒グラフ(数値は左の縦軸に対応)は各粒度の重量%,折れ線グラフ(右の縦軸に対応)は積算の重量パーセントです.遠方(A地点)の粒子は細かく,極細粒砂とシルトサイズの粒子から成ります.B地点は全体に粗く,中央粒径値は0.5mm付近です.2地点の粒度分布の違いは,噴煙が風に流される過程で,終端速度の大きい粗い粒子が火口近くに降下し,より細粒の粒子は遠方に運ばれるという淘汰(とうた)作用によって教科書的に理解できそうですが,果たしてそうなのでしょうか?

図2 A・B地点の降下火山灰の粒度分布


100ミクロン前後の粒子(4ファイ,1/8〜1/16mm)を偏光顕微鏡でみると,A・B地点とも主に溶岩片と結晶片(斜長石と輝石)から成り,少量の変質岩片と極少量のガラスが認められます.定性的ですがA地点の方がB地点よりガラスの含有量が多い印象です.粒子の輪郭に注目すると,A・B地点とも磨耗されたような形を示す粒子が多いのですが,B地点(写真6右)には角張った粒子も少し認められます.



  

写真6 100ミクロン前後の粒子の偏光顕微鏡写真

オープン二コル 100倍で撮影 視野直径2.2mm 写真左A 地点,右B地点



次に写真7はA地点の,写真8はB地点の1/16mmより細かい細粒火山灰粒子の顕微鏡写真です.これらの写真を見比べると,A地点では1/16mmよりやや細かいシルトサイズの粒子が認められますが,B地点ではシルトサイズに乏しく数ミクロンの粘土サイズの粒子が多いという印象です.B地点の粒度分布は0.5mm前後の粒子にピークがあり,細かい方の割合が急激に減少することから(図2),より細かい粒子は噴煙で遠方に運ばれたと考えられます.しかしB地点では粘土サイズの粒子を主とした細粒火山灰も約5パーセント含まれているため,2つの異なる粒度分布の粒子が混合しているとみられます.これについては,現在学科ですすめられている詳細な粒度分析の結果を待ちたいと思います.



  

写真7 A地点の細粒火山灰粒子の偏光顕微鏡写真

左がオープン,右がクロス 400倍で撮影(視野直径1.1mm)



  

写真8 B地点の細粒火山灰粒子の偏光顕微鏡写真

左がオープン,右がクロス 400倍で撮影(視野直径1.1mm)



現時点でインターネット上に公開されている情報と一部著者の推測(【 】内)をまとめたのが表1です.2月10日の報告(宮地)にあるように,最初期の噴火の後,細粒な灰色の火山灰が噴出し続けたと考えられますので,両方の降灰域にあたるB地点では,両方の噴火の噴出物をあわせてみているとすると先に述べた粒度分布と調和的です.つまり,後続の灰噴火の細粒粒子が先に堆積した粗い火山灰の層を覆うことで灰まぶしの産状になったと解釈できます.角張った粒子は,火口底を埋めていた溶岩が脆性的な破砕を受けて生産された可能性がありますが,磨耗された粒子は,火山ガスの上昇に伴う“うがい”のような灰噴火の産物といえそうです(高橋報告参照).B地点の粗い火山灰も多くが磨耗されていることを考えると,表1のAの灰噴火と@の噴火は,破砕から噴出にいたる過程にあまり違いがなかったのかもしれません.一連の噴火の中で,最初期には,火口底を埋めた固結した溶岩を吹き飛ばしながら火山灰を噴出し,その後は火山灰を長時間噴出し続けたといった描像をもつこともできそうです.遠方のA地点でややガラスが多いのは,本質物質の量や噴煙の流れる方向に時間変化があったことを示しているのかもしれません.



表1 浅間火山2009年2月2日噴火に関連する諸事項のまとめ

時刻 浅間火山と周辺 関東平野
1時51分頃 @小規模噴火開始  
2時11分 2時8分に最大だった火柱の勢いがかなり弱まり,鳴動が消える*1
【Aこの直後から灰噴火? 】
 
2時50分頃 濃い黒色噴煙が火口直上で南東方へ流されている
(東方4.4kmの東大浅間火山観測所より撮影された写真より)*1
 
3時16分   A地点に火山灰トラップ設置
3時30分頃   関東上空に噴煙到達*2
【@の噴煙に続いてAの噴煙到達か?】 
8時頃 火山灰の噴出が継続*3  
8時40分頃   東京上空方面へ流れるAの噴煙が熊谷から撮影される*4
8時50分   A地点の火山灰トラップ回収
10時40分頃 佐久市と小諸のライブカメラに風に流される灰色噴煙と火口上の白色噴煙が認められる*5  
午前中 B地点試料採取.火山灰降下継続?  
10時から17時   多摩地域で降灰*6

表1の作成に使用した資料
1と2: 浅間山の火山活動について東京大学地震研究所
3:気象庁 浅間山 火山の状況に関する解説情報 第37号
4と6:日大浅間山2009年噴火(速報) 
5:まえちゃんねっと浅間山カメラアーカイブマップ 



B地点周辺を2日の午前中に調査した平川さんによれば,調査中に降灰域の外から運転してきた車を停車していたところ,火山灰が車についていたとのことです.風で巻きあがったものかもしれないとのことですが,降灰中だった可能性もあるそうです.佐久市と小諸からのライブカメラには11時前後に灰色の噴煙が山の斜面に沿うように流されているのが認められます.2日の午後まで関東平野で降灰があったこと(表1)も考え合わせると,2日の午前中も弱い灰噴火が継続していた可能性があります. 浅間山腹の粉まぶしの火山灰や遠方の白っぽい降灰をもたらした細粒物質が何なのか,現在すすめられている検討の結果が待たれます.



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2009年2月10日更新

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