気象災害の頁

「2007年夏における世界の天候異変について」

山川修治

1.東欧の猛暑
2.日本の猛暑
3.特徴的な活動を示した熱帯低気圧
4.時折南下した北極寒気団
5.頻繁に北上した南極寒気団

2007年夏季には世界各地で天候異変が相次いで発生しました。主なものを抽出すると,東欧の猛暑,日本の猛暑,特徴的な活動を示した熱帯低気圧,時折南下した北極寒気団,頻繁に北上した南極寒気団,の5項目にまとめられます。それらのメカニズムを考えてみましょう。

(1)東欧の猛暑

成層圏下部100hPaにおけるチベット高気圧とその偏差パターン

中心部は比較的弱かった(縦線域:負偏差)のに対し,その東西で強く,日本と東欧はその圏内に入った.

(2007年8月14〜18日; 100hPa; 気象庁,ARGOSによる)

6月下旬にはギリシャ(26日:46.2℃)など地中海東部が熱波に見舞われました。次いで,7月後半から8月前半にかけて,東欧各地では40℃を越えるような異常高温が続きました。7月24日,ブルガリアでは45.6℃(120年の観測史上最高)を記録しました。ほぼ同じ頃,イギリスでは60年ぶりの大雨・洪水に見舞われました。東欧熱波の要因としては次の3つのことが挙げられます。1) 上空のチベット高気圧が東欧へ強く張り出したこと。2) アゾレス高気圧(北大西洋の亜熱帯高圧帯を構成)に覆われたこと。3) 上記2) のため南西風によるフェーンが起きたこと。それらについて解説します。

1) チベット高原上空(高度約10〜20km)に広がるチベット高気圧が,今夏は東西へ強く張り出しました(図1)。日本付近と同様に,東欧でも大規模下降気流が高温の一因になりました。

図2 大きな偏西風の蛇行とそれにより地中海から東欧へ向かう南西気流(時計の針の10時付近)

このとき,アメリカ合衆国西部は,太平洋側からの亜熱帯高圧帯の張り出しによる熱波の襲来を受けていた.一方,西日本に陣取る小笠原高気圧の勢力は非常に強かった.

(2007年8月14〜18日; 500hPa; 気象庁,ARGOSによる)

2)  6月下旬および7月下旬から8月にかけて,アゾレス高気圧が地中海方面へ張り出すとともに,東欧から中央アジアにかけてのリッジを強めました(図2)。当時,サヘル(サハラ沙漠の南縁部)の熱帯収束帯の活動が活発で,ハドレー循環(低緯度で上昇,中緯度で下降の循環)の励起によって,中央アジアの高気圧(地上)が発達したと推測されます。そのため東欧〜中央アジアが高温場に入ったということができるでしょう。また,その西側の低温場・トラフの中にイギリスなどが入ったこともわかります。

3)  発達したリッジ2) の西側では,地中海からの暑く湿った南西風が卓越し,南欧の山脈を越えて,フェーン現象をもたらしました。春先,南風がアルプス山脈を越えて吹くフェーンがオーストリアで融雪洪水を起こすことは有名ですが,それと類似の現象が真夏に起きたわけです。

(2)日本の猛暑

日本における最高気温(これまでの記録:1933年7月25日,山形,40.8℃)が74年ぶりに更新されました。8月に入り連日「猛暑日」(35℃以上の日)が続いていましたが,ついに8月16日,多治見(岐阜県)と熊谷(埼玉県)で,相次いで40.9℃を記録しました。この異常高温の要因は次の3つにまとめられます。1) 上空のチベット高気圧が日本へ強く張り出したこと。2) 小笠原高気圧(対流圏)に覆われたこと。3) その中心が西に偏っていたため,本州南部で西風フェーンが起きたこと。

1) チベット高気圧の発達パターンは成層圏の赤道付近における循環と関連しています。チベット高気圧が,その南側で強まった成層圏東風の影響を受け東西に伸張し,日本上空を広く覆ったのです(図2)。この高気圧の圏内に入ると総じて下降気流の場となり,乾燥断熱限率の割合で下層ほど昇温し,地上では異常高温となります(もちろん鉛直方向の気流より水平方向の気流の方が強いので昇温は緩和されますが,それにしても高温状況がもたらされたわけです)。

なお,関連して,アメリカ合衆国の中部・南東部では記録的な熱波・干ばつが8月10〜17日を中心に発生しましたが,その主な原因となる100hPaの高気圧も図1に認められます(ここでは詳しく触れませんが,その熱波・干ばつについては,次のWebサイトを参照してください(Department of Commerce > NOAA > Nesdis > NCDC )。

図3 世界の海面水温(SST)偏差分布

寒色系は低温,暖色系は高温を示す.ラニーニャ現象,北極海の顕著な正偏差など特色が認められる.

(2007年8月5〜11日;NOAAによる)

2) 小笠原高気圧(北太平洋の亜熱帯高圧帯を構成する北太平洋高気圧の西縁部)の盛衰は,ラニーニャ現象(熱帯太平洋のSST偏差が西高東低のパターンを示す)と密接な関係にあります。今年の7月のSSTはまだ典型的なラニーニャ・パターンにはなっておらず,オホーツク海高気圧の卓越によって梅雨が長引きました。8月になって,SSTはほぼ典型的なラニーニャ・パターンとなり(図3),ハドレー循環を活発化させ,日本付近で小笠原高気圧が発達しました。

図4 30〜60°Nで高気圧の発達が目立った北半球地上気圧とその偏差パターン

北太平洋高気圧は東部では強かったものの中西部ではさほど強くなかったが,ラニーニャ現象のため日本列島付近では小笠原高気圧が発達し,それが猛暑の一因となった.一方,東欧では東高西低の気圧配置のもと,地中海からの南西風が南欧の山脈を越えてフェーン現象を引き起こした.(縦線域:負偏差)

( 2007年8月14〜18日; 気象庁,ARGOSによる)

3) フェーン現象は山越え気流によって引き起こされます。小笠原高気圧の中心が北西偏し,本州南岸に位置していた(図4)ため,その北側の西風によって多治見付近でも熊谷付近でも山越えの乾熱風が吹き降り,さらに気温が上昇したということができます。

(3)特徴的な活動を示した熱帯低気圧

まず,南アジアのサイクロンについて検証してみます。サイクロンはモンスーン期の前後,すなわち4〜5月と9〜11月に多発するのですが,今夏はモンスーン期に入ってからサイクロンの上陸という出来事が起こりました。6月1日に,アラビア海中央部で発生したサイクロンGonuは北西へ進みながら発達し,5日には最強のカテゴリー5となり,アラビア半島東端のオマーンを直撃(観測開始の1945年以来最強),その後,北に向きを転じ,イラン南部に再上陸し,イランとパキスタンに豪雨・水害を引き起こしました。

インド洋のSSTがアラビア海を中心に高かったこと(6月には図3よりも北インド洋,アラビア海の高温が目立っていました)が,直接的にサイクロンの活動に響いたものと考えられます。

図5 2007年9月半ばまでの西大西洋・カリブ海・メキシコ湾のハリケーン活動

UNISYS > 2007 Hurricane/Tropical Data for Atlantic 

今夏は熱帯低気圧が急激に発達する傾向を示したということも特徴的でした。アメリカ方面に目を移すと,ハリケーンDeanは,8月13〜22日に,西大西洋から,カリブ海南部を経て,カテゴリー5となり,ユカタン半島に上陸しました(図5)が,このようなカテゴリー5でアメリカ大陸に上陸するハリケーンは,1992年のAndrew以来でした(2005年のハリケーンKatrinaはカテゴリー5になりましたがカテゴリー3になって上陸)。

また,9月初めに,ハリケーンFelixは短期間のうちにカテゴリー5に猛発達し,南米北岸をかすめて西進しニカラグアに上陸しました(図5)。そして,そのわずか8時間後に,太平洋側からハリケーンHenriette(カテゴリー1)がカリフォルニア半島最南端のBajaに上陸したのです。同じ日に,東西のハリケーンによって挟み撃ちにあうのは,観測史上初めてのことでした。

一方,台風についても同様の傾向がみられ,台風0711号は,沖縄本島南方で9月13日15時に熱帯低気圧から台風に成長し,36時間後の15日朝には940hPaという猛烈な勢力に発達しました。この台風は温帯低気圧化した後に,秋雨前線との相互作用を起こし,9月17〜18日に東北地方北部に,この時期としては極めて珍しい300mmを越える集中豪雨を降らせたことでも特筆されます。そのメカニズムとしては,南西諸島南方で台風の発達による激しい上昇気流が起き,その北東方約1500kmにあった太平洋高気圧(小笠原高気圧)を北偏・強化させ,その指向流(対流圏中下層の擾乱を押し流す流れ)により台風が韓国から北日本へのコースをとる結果となりました。そして,40°N付近へ再北上していた秋雨前線へ向かって,南方より暖湿気流が流入し,地形効果も加わって,前線上で継続的な対流活動が起こり,「みちのく豪雨」をもたらしたと考えられます。

このような熱帯低気圧の急激な発達や温帯低気圧化後にも前線性豪雨がみられたのは,SSTが高まり,熱帯低気圧のエネルギー源となる水蒸気が豊富に存在し,湿舌の流入が継続的だったことと関係する現象といえるでしょう。

(4)時折南下した北極寒気団

北半球に視野を広げると,高温現象が顕著でしたが,逆に低温現象も散見されました。なかでも北欧・スェーデン北西部で,6月14日に10cmの降雪があったというニュースには驚かされました。

7月に入って,東アジア北部でも北極寒気団の影響を受けてオホーツク海高気圧が卓越しました。そのため日本列島では低温・日照不足・少雨の傾向が強く現れました。その状況はちょうど1か月ほど継続しました。

日本が猛暑にうだっていたころ,8月21日には,北米ではニューヨークに15℃という寒波が到来しました。これは1911年以来96年ぶりの記録でした。

そのころ北極海のシベリア沖からアラスカ沖にかけて,SSTが顕著な正偏差,平年より5〜6℃も高い状況を示していました(図3)それは地球温暖化とも関連性のある海氷の減少によるものと考えられます。そして,その開氷域付近から暖かいシベリア方面へ進入する強い海風がトラフを形成するとともに,アラスカ〜カナダ付近にブロッキング高気圧を形成したため,その時計回りの循環が,北米に季節はずれの寒波をもたらしたとみられます。

今夏,日本をはじめ各地で雷雨が頻発したことも寒気団の南下と関係しています。

図6 1918年以来の降雪をもたらした南大西洋収束帯(SACZ)

太平洋南東部に広がる積雲群は寒波の氾濫を示す.冷たいぺルー海流と対照的に熱帯南米には高温域があり,その付近が熱帯収束帯と南大西洋収束帯(SACZ)の接点になっている.

2007年7月9日11:45Z,GOES-IR画像(SSEC,Univ. Wisconsin-Madisonによる)

(5)頻繁に北上した南極寒気団

南半球では6〜8月が冬期になりますが,今冬は中緯度への寒波が頻繁に引き起こされました。特に,南米のアルゼンチンやチリでは6月18〜19日や7月9〜11日など,度重なる寒波の到来があり,とりわけ後者においては,アルゼンチンで1918年6月22日以来の大雪に見舞われました(図6)。

その要因は現段階では次のように推察されます。ラニーニャ現象に端を発し,熱帯太平洋東部の強い負偏差とは対照的に,南太平洋の南西部から南部にかけての広い海域はSSTが明瞭な正偏差を示していた(図3)ため,その海域で深いトラフを生じ,そこで生じた低気圧が波状的に南米に到来したものと解釈することができます。

以上,2007年の夏(北半球)・冬(南半球)に世界各地でみられた天候異変は,結局,ラニーニャ現象を含む広域の特異な海水温分布に加え,成層圏循環などが寄与していたと考えられますが,詳しいメカニズムの解明は今後の課題です。

更新日:071001

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