環境問題の頁

グレート・ベーズンを訪ねて −2008年9月海外実地研究から−

   

遠藤邦彦・中山裕則

図1 グレート・ベーズンにあった巨大湖沼(緑)

グレート・ベーズンとはアメリカ西部のロッキー山脈の西端(ユタ州のワサッチ山地)から東海岸にあるシェラ・ネバダ山脈の間にある盆地を指します(図1の薄青の部分).ここには南北に伸びる小さな山脈と盆地が繰り返され,ベーズン・アンド・レインジ(Basin and Range)地方とも呼ばれています.したがって,グレート・ベーズンの盆地は小さな山脈の間を縫うようにつながって極めて複雑な形をした盆地になっています.この盆地が世界的に有名なのは,かつて巨大な湖がここに存在したからです.それは主に2つあり,一つはLake Bonneville,もう一つはLake Lahontanといいます.上記の理由で共にアメーバのような大変複雑な形をしていました(図1の緑の部分).これら巨大な湖が存在した時代は,地球が非常に寒冷であった氷期です.特に最終氷期末期の15000年前〜14000年前ごろに最も広がっていました.言い換えれば,この2つの巨大湖が存在したところがグレート・ベーズンなのです.

Lake Bonnevilleについて着目すると,15,000年前には約5.2万km2の面積を有し,湖面標高は1,550mにありました.実に最大300mもの深さを持っていたことになります.琵琶湖の面積は670km2ですから,その77倍の大きさになります.4.2万km2の九州の面積より広かったのです.現在はその東端部にあるソールトレイク市(ユタ州の州都)の周辺に縮小したごく浅い湖,グレート・ソールト・レイク(Great Salt Lake)として残っているに過ぎません(図1の黒色部).周辺は広大な沙漠となっています.

2008年度の海外実地研究では参加学生30名と共に,ロッキーマウンテンを出発し,イエローストーンを経由して,このグレート ベーズン,特にその東半部までのコースを大型バスで移動しながら,様々な地球の姿を観察し,この手で触れて歩きました.

写真1

干上がったLake Bonnevilleの湖底は塩が一面に広がる極めて平坦な干湖となっている.

写真2

塩の層.最近でもまれには水が溜まることがあるが,直ぐに乾いて塩の薄層が積み重なる.

現在のLake Bonnevilleの湖底

写真123は,かつて広大な範囲に広がっていたLake Bonnevilleの現在の様子です(ユタ州とネバダ州の境界に近いウィンドーバ).私たちは東の縁にあるソールトレイク市から大型バスで一直線の道を走り,最も西側にあたるウィンドーバに着きましたが,1時間を越える時間が掛かりました.一面の塩の原です.学生たちはこの塩の上で,かつての大湖沼に思いをはせていました.

写真3 ウインドーバの塩湖

遠方はネバダ州側の山で,Lake Bonnevilleの西縁をなす.

写真4 ウインドーバ

西縁の山をよく見ると,横に伸びる複数のすじがついている.これが旧湖岸線である.

ウインドーバの塩の原の向こうには,Lake Bonnevilleの東縁をなす山が続いています(写真1).この山の中腹をよく見ると,水平に続く筋を複数見ることができます(写真2).それらが昔の湖岸線の跡なのです.LakeBonnevilleの東縁に近いところに,浅い塩湖,グレート・ソールト・レイクやソールトレイク市の市街があります.この塩湖の中にあるアンテロープ島のビジターセンターには,当時の水位が再現されると,ソールト・レイク・シティの主な建物,市街は完全に水面下に置かれることが図示されています.

写真5 東縁に近いアンテロープ島の湖岸段丘

150m位のところには,湖面がしばらく安定していたために形成された湖岸段丘が見られる.

写真6 アンテロープ島の旧湖岸線地形

多数の平坦な段は,15000年前ごろから,湖水位が段階的に低下してきたことを示す.

写真7 アンテロープ島

旧湖岸線付近には巨大が岩塊がゴロゴロ.激しい波の作用が働いていた.

大きな湖面変動はなぜ起こった?

当時,琵琶湖の77倍もの面積に300mもの深さの湖が成立していたわけですが,そんな大量の水はどこから来たのでしょうか.これは昔から論争になってきた問題です.かつては雨量が増大した時代があったと考えられました.今は,大体次のように考えられているといっていいでしょう.

寒冷な氷期には,降雪は余り解けずに蓄積し,氷河を拡大させます.夏季には雪や氷の一部は溶け,解けた水は盆地に集まり溜まっていきます.現在ならそれはドンドン蒸発してしまいますが,氷期には蒸発量は減少していました.氷期の末期には地球は温暖化の方向に転じました.そのため,拡大していた氷河は急速に溶けていきます.そうした融雪氷水がLake Bonneville に流入して,その水位を最も高い位置にまで押し上げたのです.

温暖化が進行するにつれ,蒸発量は増えていきます.氷河の融解が進んで縮小してしまうと,蒸発量が勝って,湖面は低下していきました.

湖面が最も高い位置に達した15000年前ごろ,大きな事件が起こりました.拡大した湖沼の縁の位置にあった一つの鞍部が決壊したのです.大量の水が一気に北側のアイダホ州側に流れ込み,今,ポッカテロという町のある一帯は大規模な洪水に見舞われました.

 

写真8-1,2 ウインドーバ付近

盆地西縁から遠く東方を望む.

グレートソールトレイクの将来?

写真9 ソルトレイクの市街

ソールトレイク市の高い建物も,Lake Bonnevilleの時代と同じ湖面高度になれば,深さ300mの湖底に沈むことになる.

地球温暖化の中で,この地域も乾燥化を強めているようです.ワサッチ山地の氷河も大幅に縮小しており,温暖化がさらに続けば,むしろ乾燥化が進むことによる環境悪化が進むでしょう.一方,仮に遠い将来,ワサッチ山地に氷河が広く発達するような時代が来た時には,Lake Bonnevilleが存在したような時代も想定しなければならなくなります.それは次の氷期,あるいは小規模な氷期(亜氷期)が到来することを意味するでしょう.

しかし,過去10000年間においてもグレートソールトレイクは小さな湖面変動を繰り返してきています.一時的に雪が大量に降ったり,一時的に蒸発量が減少することがあったりすれば直ぐに小さな変動は起こります.数mの変動でもその影響は広い範囲に及びます.Lake Bonneville とは比較にならないミニチュア版の変動でも都市化,開発の進んだ現代における被害は大きなものになるでしょう.Lake Bonnevilleの壮大な湖面変化から,我々は多くのことを学ぶことができると思います.

更新日:081201

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